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2011年 05月 01日
翠翼の猛禽類 E5系はやぶさデビューの記録 其の1~心躍る前夜の紀行~
私は今、杜の都仙台のホテルの一室に居る
小さなスタンドランプに照らされた、狭い机の横の壁には、まだプレスラインが残っているスーツが掛けられている。
「まさか、スーツ姿で仙台に来る事になるとは・・・。」



3月3日の夜、東北新幹線の新型車両「E5系 はやぶさ」のデビュー2日前
この日は仕事が押していて、私はまだ会社で残業をしていた。
そんな時、職場のマネージャーから突然声を掛けられた。
「明日の会議、俺に代わって出席してくれないか。」
その唐突な申し出に私は驚いた。
明日は仕事帰りに帰宅せず直接仙台へと発つつもりだったのだ。
しかし、マネージャーからの依頼は仕事の話。断る訳にもいかず、内心渋々で了承をしたのだった。

そして翌日。
私は登山用の大きなザックにカメラ機材一式と最低限の着替え用の下着、会議用の資料を詰め込み、それを普段着慣れていないスーツ姿で背負って会議へと赴いた。

会議はスムーズに進み、予定より早く終わった。
これは運がよかった。当初、仕事を20時に切り上げ24時仙台着の予定だったが、東京駅20時4分初の「はやて41号」に乗車する事が出来たのだ。

19時50分頃に東京駅に到着した私は、まず切符売り場へと向かった。だが、切符を購入するためでは無い。
 既に乗車券と特急券を準備していた私が欲しかったのは東北新幹線の時刻表だった。

時刻表の表紙は「E5系はやぶさ」。翌日3月5日のダイヤ改正後の時刻表だ。
時刻表のページをめくると「はやぶさ1号」の文字
そして「グランクラス」のマークも記載されている。
明日、東北新幹線の新しい時代が始まるのだ。

新しい時刻表を手にして御満悦の私が次に向かったのは駅弁売り場。
はやて号の車内で夕食を摂るためだ。

私が選んだのは「チキン弁当」
雑誌でも紹介される程の、歴史ある東京の名弁当だ。
しかし、私が頼んだ時には既に売り切れ。しかたなく第2候補の「深川めし」とお茶を購入し、すでに出来ている「はやて41号」の乗車待ちの列の最後尾へと並んだ
列の前方で並んでいた人の手には「チキン弁当」がぶら下がっていた。それを子供の様に羨ましく思いながら乗車の時を待った。

車内清掃が終わり、ドアが開くと一気に乗客が流れ込む。
全席指定の「はやて号」だが、荷物棚には指定は無い。皆、手に持った荷物を次々に棚の上に載せて行く。座席の7割くらいの乗客が着座した頃には荷物棚はいっぱいになっていて、後から乗り込んできた乗客は手に抱えた荷物に四苦八苦していた。

全席指定で全ての席が完売している旨の車内放送が流れた後、「はやて41号」は新青森へと向け出発した。

空腹を訴える私の胃袋に応えるように、早速ディナータイムとする事にした。
私の隣の席で、花束と沢山の荷物を抱えていたスーツ姿の青年も、おもむろに袋から駅弁を取り出し、食事を始めた。
こうなると、お互いどうも隣の芝生が気になってしまう。
互いの弁当をチラ見しながら、「そっちの方が旨そうだなぁ」「いやっ!値段ではオレの方が勝っている。」そんな無言のバトルがあったように思う。
しかし、その静かなる闘いが急展開を迎える。
私の弁当のアサリご飯の上には柔らかく上品は味付けの煮アナゴと魚の甘露煮が載っていた。
私は鮎の甘露煮かなと思って箸で摘み上げたが、なんとその魚はハゼだったのだ。
天ぷらなどでは食した事はあったが、ハゼのあの顔あの姿のままの甘露煮にはさすがに驚いてしまった。
パッと見、ドジョウの様にも見えるその表情に箸が止まってしまったが、ここで引いては男が廃る!
私は潔く頭からかぶりついた。
その瞬間、隣の席の青年が僅かに仰け反る姿が見えた。

この勝負、私の勝ちだ・・・!

勝手にそんなくだらない思いに心を馳せていると、列車は大宮駅へと滑り込んでいった。

大宮駅を過ぎると、そこから先は高速走行区間へと突入する。
明日乗車する「はやぶさ号」との比較が出来ると、座面に神経を集中する。
しかし、そこは日本が世界に誇る新幹線。ほとんど揺れは感じない・・・。
せっかくE5系の最新技術の「フルアクティブ・サスペンション」との比較をしたかったのに。
強いて気になる点を挙げるとしたら、縦揺れ程度。これは軌道側の問題であり、車両が新しくなっても変わる所ではないだろう。

夜中に走る「はやて41号」の車窓はもちろん真っ暗で何も見えない。
そこで私はザックからi・podと小説を取り出し、しばし一人の世界に浸る事にした。
聴く音楽はクラシック。ベルリオーズと言う作曲家の代表曲「幻想交響曲」だ。
作曲者の妄想の世界を音楽にしてしまったと言う、少々破天荒は曲ではあるが、私の大好きな曲の一つだ。
その中の第3楽章のアダージョが何とも言えない甘味なメロディーで、小説に出てくるアドリア海の情景と相まって、私を高速列車の中でまた違う旅へと誘ってくれる。

そんな別世界から私を現実に引き戻す不思議な出来事があった。
小説に読入り、疲れた首をストレッチしようと顔を上げると、新幹線の全ての窓が真っ白に曇っていたのだ!

二重窓になっている新幹線の窓は本来曇り難いはずなのだが、その窓が
真っ白で外の様子を伺い知る事も出来ない。
しだいに窓の曇りの微小な水滴が目に見えるくらいの大きさの水滴に成長していき。風圧で一気に後方へと吹き飛ばされていく。
吹き飛ばされた水滴の跡には曇りが取れた細い筋だけが残る。
その筋がどんどん増えていき、少しずつ窓の曇りが晴れていく。
しかし、その光景は曇った窓を何者かが外から引っ掻いている様な異様な光景であった。
見ているとなんだか気味が悪くなり、一度目を小説へと戻す事にした。
が、すぐに窓の様子が気になり再び顔を上げると、全ての窓が嘘の様に曇りがキレイにとれていた。
そして、車窓からは流れる街の灯りが見えていた。

そしてどこかの駅を通過する。
左側の車窓に目をやると、緑色のラインの車両がホームの奥に停車しているのが見えた。
「つばさ号」だ。
と言う事は、ここは福島駅だろう。
外の状況が判り少しほっとするも、狐に摘まれた様な、何とも言えない感覚だけが残っていた。

福島を通過すると、仙台駅はもうすぐ。
早目の身支度をしながら仙台駅への到着を待つ。
21時42分、「はやて41号」は定刻通り仙台駅へと到着。

当初の予定より早く到着した私は、はやぶさデビュー前夜の仙台駅の様子を観察する為に、カメラを持ち出し歩き回る事にした。

仙台駅はどこもかしこも「はやぶさ」一色!
ポスターはもちろん、のぼりや柱、さらにはカウントダウンボードまで。
全てが明日の「はやぶさ」デビューを盛り上げるためのようだった。

その時、駅構内に似つかわしくないヘルメットを被った作業員らしき集団が現れた。
手には大きなボードを抱えている。

興味本位でそのボードを覗きこんでみると、それは新しい運賃表だった。
明日のダイヤ改正に向けて券売機の頭上にある運賃表の付け替え工事が行われるようだ。
その新しい運賃表に記載されているのは新設される「やはぶさ」の特急料金だった。

その他にも、はやぶさのピクトグラムが描かれた案内板など、次々と新しいボードが搬入されていた。

架け替え工事の様子も見ておきたかったが、明日仙台駅で行われる「はやぶさ2号出発式」は午前5時45分から行われるので、ここで撮影を切り上げにホテルにチェックインする事にした。

駅舎の外はかなり冷え込んでいて、僅かに雪も舞っていた。東北の冬を肌で感じながら仙台駅を後にした。
翠翼の猛禽類 E5系はやぶさデビューの記録 其の1~心躍る前夜の紀行~_e0157717_2214020.jpg

3月4日撮影
by n700-7000 | 2011-05-01 22:17
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